大都市圏における難民の非公式経済参入:現状と課題分析
導入:都市化と難民の生計戦略としての非公式経済
世界各地で進行する都市化は、難民の居住形態にも大きな影響を与えています。多くの難民は、キャンプではなく都市部に定住する傾向を強めており、2022年末時点で世界の難民の約60%が都市部に居住しているとUNHCRは報告しています。都市部は潜在的な経済機会を提供する一方で、難民は法的地位の不安定さ、社会サービスの利用制限、雇用機会の欠如といった深刻な課題に直面します。このような状況下で、多くの都市難民は非公式経済(インフォーマル経済)に参入することで生計を立てています。本稿では、大都市圏における難民の非公式経済活動の実態を現場の視点から描写し、そこから生じる法的、経済的、社会的な課題を多角的に分析します。
現場報告:大都市の路地裏で営まれる生計
アフリカ、中東、南米の大都市圏、例えばケニアのナイロビやトルコのイスタンブール、コロンビアのボゴタといった都市部では、難民が日々の生活を支えるために様々な非公式な経済活動に従事しています。彼らの多くは、政府による就労許可を得ることが困難であるか、取得プロセスが複雑かつ長期にわたるため、正規の雇用市場にアクセスできません。
ナイロビのイーストリー地区では、ソマリア難民のアハマド氏(仮名)が、路上で中古衣料品を販売しています。彼は朝早くから仕入れを行い、警察の取り締まりに怯えながら、日銭を稼ぎます。彼の隣では、エチオピア難民のファティマ氏(仮名)が、小型のガスコンロで伝統的なパンを焼いて通行人に提供しています。彼女は自宅の一室を改造した小さなキッチンで調理を行い、家族の生活費を支えています。彼らの活動は、店舗を持たず、税金を納めず、労働法規の保護も受けない非公式な形態です。
イスタンブールの歴史的な地区では、シリア難民のムハンマド氏(仮名)が、観光客向けの土産物店で非公式な日雇い労働者として働いています。彼は低賃金で長時間労働を強いられ、雇用主からの解雇も容易です。また、多くの難民女性は、家庭内労働者として富裕層の家庭で働くことがありますが、最低賃金の保障はなく、セクシャルハラスメントなどのリスクも高い状況です。これらの事例は、難民が直面する厳しい現実と、非公式経済がいかに彼らにとって避けがたい生存戦略となっているかを示しています。
課題分析:非公式経済が内包する構造的課題
難民の非公式経済参入は、一見すると彼らの自立を促すように見えますが、複数の構造的な課題を内包しています。
法的・政策的課題
多くの受け入れ国において、難民の就労に関する法制度は厳格であり、実態に即していない場合が少なくありません。例えば、難民認定申請中の個人に対する就労制限、特定の職業への限定、あるいは高額な許可費用などが挙げられます。これにより、難民は法的に保護されない非公式な労働市場に押し出され、労働組合への加入権や社会保障制度(健康保険、年金など)の恩恵を受けられません。国際労働機関(ILO)の報告書は、非公式経済における労働者が、正規雇用と比較して賃金が低く、労働安全衛生上のリスクに晒されやすいことを指摘しています。また、事業許可の取得が困難であるため、彼らのビジネスは常に閉鎖の危機に瀕しています。
経済的・社会的課題
非公式経済は、難民を搾取や不安定な労働条件に晒す温床となります。仲介業者による手数料の搾取、雇用主による賃金未払いや不当な解雇、劣悪な労働環境などが常態化する傾向にあります。加えて、非公式なビジネスは拡大が難しく、持続的な生計向上には繋がりづらいという限界があります。社会的な側面では、非公式経済に従事する難民とホストコミュニティとの間で、資源や雇用機会をめぐる摩擦が生じることがあります。経済的な競争が、しばしば排外主義的な感情や差別へと発展するリスクも指摘されています。都市インフラの観点からも、非公式な住居や事業活動は、衛生問題や過密、都市計画との不整合といった課題を引き起こします。
国際的枠組みと限界
UNHCRは、都市難民に対する保護と支援のガイドラインにおいて、都市部での生計機会の確保を重要な柱の一つとして掲げています。しかし、ガイドラインの実施は各国の国内法制度や政策に依存するため、実効性には地域差があります。国際機関やNGOによる生計支援プログラムも存在しますが、その規模は限られており、非公式経済に従事する多数の難民を包括的に支援するには至っていません。多くの支援は、職業訓練や小規模ビジネスの立ち上げ支援に焦点を当てていますが、根本的な法的障壁や差別構造に対処することは困難です。
データと信頼性:非公式経済の規模と影響
非公式経済の性質上、その正確な規模を把握することは困難ですが、国連開発計画(UNDP)や世界銀行などの推計によれば、開発途上国における非公式経済はGDPの20%から60%を占める場合があり、労働人口の大部分が非公式部門で働いています。都市難民に関しても、UNHCRが発表する報告書や各国政府の統計データは、都市部における難民人口の増加と、彼らの経済的脆弱性を示唆しています。例えば、ヨルダンの都市部に居住するシリア難民に関する調査では、回答者の半数以上が非公式な手段で生計を立てていると報告されています。これらのデータは、非公式経済が難民にとっての短期的な生存戦略である一方で、彼らの法的・経済的自立を妨げ、長期的な社会統合を困難にする構造的な課題であることを裏付けています。信頼できる学術機関によるフィールド調査は、特定の都市における難民の非公式経済活動の詳細な実態と、彼らが直面する具体的な障壁を明らかにする上で不可欠です。
結論と展望:持続可能な生計支援と社会統合に向けて
大都市圏における難民の非公式経済参入は、彼らが生存し、尊厳を保つための現実的な選択肢であり続けています。しかし、これは法的な保護の欠如、経済的な搾取、社会的な排除といった深刻な課題を内包しています。これらの課題に対処し、難民の持続可能な生計と社会統合を促進するためには、多角的なアプローチが必要です。
第一に、受け入れ国の政府は、難民の就労を促進するための現実的かつ柔軟な法的・政策的枠組みを整備することが不可欠です。既存の就労許可制度の見直しや、非公式部門から正規部門への移行を支援するメカニズムの構築が求められます。第二に、国際機関やNGOは、職業訓練の提供、ビジネススキルの強化、マイクロファイナンスの利用促進を通じて、難民がより安定した生計を築けるよう支援を拡大する必要があります。特に、非公式経済従事者に対する実用的な支援策が重要です。第三に、ホストコミュニティとの共存を促進するための社会対話や意識啓発活動が不可欠です。難民の経済活動が地域経済にもたらす潜在的な利益を強調し、相互理解を深めることが、排外主義的な感情を和らげる一助となります。
都市難民の課題は、単なる人道支援の問題に留まらず、都市開発、労働市場、社会統合といった広範な分野にわたる複雑な問題です。この分野におけるさらなる学術的な研究と、現場の現実に基づいた政策策定が、難民が自らの潜在能力を最大限に発揮し、受け入れ社会に貢献できる未来を切り開く鍵となるでしょう。